考えるミニマリスト

ミニマリストから始まったブログ。服を一種類にします。また健康知識を駆使し、健康寿命の最大化を測ります。

気温が、冬が、心を。浮き彫りにする。

 

自分とはなんだろうか

 

職業とはなんだろうか

 

身分とは。

 

 

 

自分の説明は

どれだけ説明しようと

自分にしか分からぬ。

 

職業も簡単に嘘がつける。

写真も加工の精度が上がった。

 

人間というのは悪い事を隠したがる。

 

いつの時代も。

 

政治、

恋愛、

仕事、

SNS

 

この時代に嘘がない人生を歩む方が難しい。

 

間違いなく、

SNSは嘘を加速させている

 

「盛る」で済む程度を

こえて、

「嘘」になる事もますます増えるのだろう。

 

 

 

それっぽい考えを持って、

それっぽい人生を歩む事は

容易いだろうと思う。

 

やはり僕は

それっぽい仕事に就き、

それっぽい賃金で、

それっぽい生活をして、

それっぽい人間関係を築き、

、、、

それっぽい事がキリがない程に

みんな暮らしている。

 

 

 

だからきっと、

本物を求めて、

夜の闇に光を見出そうとして、

僕もこうして文字を綴っているのかもしれない。

 

僕は僕の心を理解する事もままならない

 

でもそのままではいけない思いが

そうさせているのかもしれない

 

病んでいるわけではないと思っている

そんな難しいこと考えないで

楽観的に生きろと、

他人は言うかもしれない。

でも、それを奪ってしまうと

僕は僕でないのかもしれない。

 

こんな意味のない事を考えるのも、

仕事終わりに

なぜか病みたくなるという習慣があるのが

僕なのかもしれない。

 

 

 

もしかすると

僕等は

太陽の強い光に甘えて

日々の悲しみや辛さを

隠しているのではないだろうか。

 

そこにできた陰には目もくれない。

 

なんて事を想ってしまう。

 

 

仕事が夜に終わるというのは

帰り道が暗いというのは、

それが切ないのは、

その隠れた想いを清算する為なのかもしれない。

 

 

太陽のせいで日の目を浴びない

僕の感情は

その月の薄明かりで

浮き彫りになるのだろうか?

 

それとも

僕は必要以上にその感情を拾いすぎているのだろうか?

 

やはり僕は僕の事も分からない。

ぼやけて

まるで嘘のように。

 

 

 

 

 

帰宅して部屋を煌々とした明かりで照らす事は嫌いだ。

部屋の天井につけたライトはいつから使ってないだろう。

 

フレキシブルアームで天井に向けている

オレンジの電飾の

クリップライトを点ける。

 

暗闇の中の柔らかな明かりに

僕は

安心する。

 

 

 

月明かりの下でなら、

僕は感じるままに生きられるのだろうか?

 

その時、

「感情」には

嘘がつけない

 

悲しい時に悲しくなる

1人の時間、悲しさを悲しいと言える

その瞬間だけ僕は嘘がない

本当の僕なのだろう。

 

 

人といる時に楽しさを感じる事が

随分と減った。

 

これもまた本当の僕なのだろう。

 

月明かり(右上)と

大阪城とビルの明かり

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